「と、言う話しだけど……聞く?」
修羅は、そう微笑んだ。あたかも見ていたかのように話す。
ただ自分が聞いた事のない話しを、それが真実のように真っ直ぐと自分を見据えて話す不思議な男だった。着色の上に成り立っているだろう物語だろう。それは、それで楽しいかもしれない。色々な人が色々な形で神話を口にする。色んな人の解釈の下で一つの神話が形を変えていく。それはそれで楽しいものだ。普通の当たり障りの無い星座の話しを聞くよりも楽しいだろう。それに、少し、この男に騙されてみるのも楽しいかもしれない。罪の無いこの男の妄想の世界へと導かれてみるのも。
「阿修羅王って…日本の神様でしょ?仏様かな…」
「ん~、少し違うかな…」
「どう違うの?」
「そうだな…阿修羅王は、幾つもの定説を持っている不可思議な神様なんだ…」
「定説?」
「ああ…でも、まぁ、それは別の機会にでもしよう」
「え~っ」
「別の話もあれば通ってくれるでしょ…?、お客様…」
「……そうね」
「でも、まぁ、良かったら調べてみたら……名前だけがあり、その実像が判らない神だから」
「…ふぅ~ん」
「さっきの話しに照らし合わせると、多くのギリシアの物語の中では、戦士という呼ばれ方をしている。その戦士は、何度も現れるけれど、その実像は無い…不思議な話しだろ…、もちろん、幾つもの物語に出てくる戦士がひとつであるとは限らないけどね…」
「…そうなんだ…」
「お替りを作ろうか…」
修羅は、そういいながら微笑んだ。屈託の無い笑顔で…。
阿修羅王は、王であって王ではない。王と呼ばれても、自軍も無ければ、守るべき国も無い。正確には、守るべき世界はある。だが、それは一つの理に守られた世界だ。何人もその世界を荒らす事は叶わないだろう。
その守るべき世界を『修羅界』という。六道に存在する地獄のひとつに似た名前があるが、それは繋がりの結果であり、そこは修羅界の最下層と呼ばれる場所と時空の歪の中で繋がっている。とはいえ、地獄の一部か修羅界ではない。地獄に存在する修羅地獄にひとつの扉がある。誰もが見つけられるわけではない扉が。その扉が時空の歪の入り口だ。その扉から修羅界に赴く事ができる。
扉は誰にでもあけることができる。だが、簡単には開かない。その扉が認めるものだけが、他界への道を開けることができるのである。その扉を抜け、修羅界に辿りついた者は新たなる試練を受ける事になる。
生きている意味をえる為に、修羅界と呼ばれる大地へと向かってのたびをはじめる。すべての者がそこにたどり着ける保障はない。だが、地獄へと戻る事を考えれば進む方が楽に思えるかもしれない。所詮は、人それぞれの生き方に過ぎない。
物事に背を向けて逃げるものは逃げ続ける時を歩めばいい。
誰に憚ることなくそれを続ければいい。それだけに過ぎない。
最上層にある大地にたどり着く事ができたものだけが見ることができるものがある。それが宇宙一美しい大地である。言葉に置き換えるだけ無意味なような世界がそこには広がっている。そこが宇宙最強の軍勢を率いる者の護るべき世界だとは誰も思わないだろう。いや、修羅界に紛れ込んだとは思わないだろう。
現にそこを『天界』と思い込んだ者もいる。
戦いに明け暮れた命が安らぎを見つける世界。そう表現しても過言ではないだろう。光溢れるその世界が何故、天界と一線を引いているのか、その事を知るものは少ない。それは、阿修羅王が、王と呼ばれる事に意味がある。それが阿修羅王が存在する意味といえるのかもしれない。
戦いの中に見つける一つの光明。その一つの形がこの修羅界だった。
修羅界を訪れるのは、天帝ライアスだけである。時々迷い込むものもいるが、あるべき世界へと導かれる。中には、この修羅界に居座るものもいるが、基本的に、阿修羅王の居の地区には住むことは無い。それはどんな例外も存在しない。そう、阿修羅王自体がその地区にすんでいない。
その地区は、阿修羅王にとっての聖地である。その事を知る者は、そこを『阿修羅階』と呼んでいる。後に阿修羅王の反乱を期に分離され新しい世界『阿修羅界』となる日まで…。
「でも、どうして阿修羅王なの?」
「…ん~どうしてかな?」
「他の神様でもいいんじゃないの?」
「そうだね…阿修羅王が、あっちこっちに出てきたらおかしいか…」
「う~ん、なんとなく…」
「俺もそう思うよ…なんでだろう」
修羅は、新しいカクテルを置きながら笑った。
天帝ライアスが、阿修羅王に依頼をするには意味があった。絶対的な意味が。その事を阿修羅王は知っている。その心遣いに感謝もしていた。もっとも幼馴染で親友でもあるライアスにそんな言葉は言わないが。
ただこれだけは事実だった。阿修羅王は、天帝ライアスの命により動く。そして、それは次帝レイアの時代も同じだった。ついでだが先帝ライシスの時代でもだ。ただ、ライシスの時代、阿修羅王は存在していないのだが……。
「さて、どの星座の話しが好みかな?」
「ん~・・・あたし、獅子座なんだよね…」
「獅子座…レオの事か…勇猛な戦士だったよ…」