全ての物語を紐解く前に覚えておくべき事がある。
世界とは、ひとつの存在ではない。世界、それは多次元に存在し、様々な形を持って存在している。人の世があるように、神の世があり、精霊や妖魔の類にまで各々に世界を持っている。それらの世界は、無限の数が存在するといわれ、全てを最初に創り出した創造主は、それらを三千世界と称した。また、三千世界をひとつの宇宙と呼び、宇宙は、同じ時間の流れの中で七つ存在するといわれている。
今より紐解かれる物語は、一つの宇宙に存在する世界のある物語。あなたにはひょとしたら関係の無い物語かも知れないが、少しだけ意識を傾けてもらいたい。今宵、私の案内する物語の世界に……。
世の中には、不思議なことがある。例えば神話である。世界のいたるところに存在するモノである。日本には日本神話、ギリシャにはギリシャ神話、ヨーロッパには北欧神話と。例をあげればきりが無い程に存在している。何故存在するのか、等と考えてみたところで仕方が無い。なにせ世の中には不思議が満ちているのだから…。世の中、『世界』の事である。ちなみに世界は、三千世界だの三千大世界などと呼ばれることがある。これには、色々な解釈があるらしい。その一つに、「一つの世界には連なる千の世界が存在し、モノは二度世界を選択する機会が与えられる」といわれている。つまり、千の世界が三度存在するというのである。際限無く広がって行く世界の存在、数えきれない世界、その事を示しているのである。
そんな世界のひとつに『天想界』は、存在している。ここは、天使達の生まれ生活する世界であり、『天界』と『魔道界』に隣接する世界である。説明ついでに魔道界とは、悪魔が生まれ生活する世界であり、天想界とは表裏一体的存在の世界である。何故、天使と悪魔の世界が隣接しているのだ?という疑問があるかも知れないが、これは単に作者のご都合ではない。それなりに理由があるのである、が後々出るのでいまは割愛させてもらったりする。
全ての世の中には、役割がある。それは、世界の創造に起因しているのかも知れない。が、世界が多すぎて事実かどうかなんて確認できたものでない。機会があれば各人で確認して欲しい。と、余談はこの辺にしておいて、天想界の役割とは、各界からの魂の搬送である。天使は、悪魔と一組となり各界で死神が肉体から切り離した魂を閻魔大王のいる『極界』へと運ぶのである。閻魔大王の審判により魂は、『低天界』か『地獄界』へと行くことになる。この導きをするのが天使と悪魔である。
元々、天使と悪魔は、同種族であった。ちょっとした事件をきっかけに袂を別ったがあくまでも同種族である。ちなみに悪魔と分類される者で『魔界』とかに存在する者を魔族といい、あくまでも悪魔ではない事を付け加えておこう。ついでなので悪魔と魔族の簡単な見分け方を教えておこう。翼が有るか無いかである。
翼。それは、太古の種族の遺産ともいえる。
その昔、宇宙を創り出した創造主は、翼を持つ最初の種族を作った。創造の力を持つ種族有翼の『創造神』を……。彼らは時の流れの中で滅んでしまった。種族を守るために幾つかの試みをしたが、結果として種族は滅んでしまった。しかし、有翼神の血を引く者は、存在している。天使であったり、悪魔であったり、有翼人であったりと…。
天使と悪魔は、天界に有る各界への門の前で集い、ペアに成り各界へといくのである。とはいえ、決まった魂を迎えに行くわけではない。ウロウロしながら(それこそ観光気分かも知れない)、身近で死神が仕事をするのを待つのである。
とはいえ、全ての天使がそれだけの為に存在しているわけではない。他に仕事をする者はしっかりと存在している。
天想界には、九つの階級が存在している。上から順に熾天使、智天使、座天使、主天使、力天使、能天使、権天使、大天使、天使の九つである。各界に行くのは第一級天使とも呼ばれる天使である。ちなみに第二級天使以降の天使は、全て大天使と呼ばれることが有る。大天使の基本的な役割は、一級下の天使の管理である。無論例外は有るが……。
一人の天使が欠伸をしながら歩いている。睡眠不足か足取りが少々重いらしい。時々壁にぶつかっている。ゴン!、と大きな音がしているのだが、それでも寝むそうに歩を進めている。彼は、第八級天使。智天使に位置する大天使である。が、少々特別な事情を持ち合わせている。例えば、その背の猛禽類の翼が一組しかないこと。そして、第一級天使の管理官であること。とまだまだあるが、この際なので割愛させてもらおう。あ、付け加えておくが、天使は、階級によって翼の数が異なる。上位の位につくに従い翼の数は増えていくのである。ちなみに大天使長は、七組の翼を持っている。
彼は、天想界の中心地に位置する居城に入っていった。ここは、天想界の主、第九級天使ミカエルの居城である。第九級天使、別称熾天使は、神の副官とも呼ばれる役割に有る。この位に着いているのは、四人の大天使である。その中でミカエルは、大天使長と呼ばれる位を兼任している。
「え、四人?」と言う人の為に余談を…。元々、熾天使と呼ばれる大天使は、七人存在した。神に最も近い存在と呼ばれたルシファーは、親友であったミカエルと事を構える事となった。それは、天界を巻き込んでの大きな争いへと発展していく。いつ終わるのかも解らない争いの中で、ルシファーは、ある事情により天界より堕ちていった。しかし、その争いは終わらなかった。永遠に続くのかも知れないと思われる段になり、争いは終結した。天界より天想界と魔道界が分離するということで。その争いからどれほどの時が過ぎたのか、なんていう野暮なことは為しにしよう。今と言う時は平和なのだから。
平和という事は、それなりに忙しさを伴うのがこの世の常。が、誰もがバタバタと過ごしているわけではない。中には暇を弄ぶ者も存在するのである。無論、この天想界にも暇を弄ぶ者が存在する。天想界に限らず、どの世界においてかも知れないが…。
天界から各界に赴任する管理神たちがそれである。彼らは基本的に暇である。彼らの職務は、相談役。天界や他界との斥候が中心となる以上、忙しいのは芳しくないと言える。何故ならばそれだけ他界との調整が必要な状況が存在するからである。
とはいえ、暇というものは、厄介なものである。何かしら余計なことを考える。もっと他の何かのためになることを考えればいいのにと、周りの者は思うものだ。が、得てしてとっぴよしもない事をする者は、周囲の期待を裏切らずにとっぴよしもない事をするものである。
現行の天想界における管理神がまさにその神物である。彼は、何処の世界にいっても何らかの行動を起こす。それは、善しにつけ悪しにつけである。とはいえ、流れを悪い方に向けようとしておこなっているわけではない。一応、その世界の為を思ってやっているのである。が、ご多分に漏れずそれは余計なおせっかいとなるのである。さすがに何度も色々な世界で問題にはならなくとも迷惑をかけつづけると自信を喪失するものなのだが、この神は、そんな片鱗を全く見せないのである。そんな彼を嗜める事のできる者など存在しないとさえ思われていた。何を言おうとも天界より世界の管理をする為に使わされた管理者に意見をするなどと言う大それた事を行う者がいるわけは無い、と。
彼は、天想界の前に魔道界に赴任した。そこでも他の世界と同じように何らかの行動を起こしたのである。それは、いつもと同じ事であった。問題とはされなくても周囲に多大なる迷惑を振りまくという点で。そんな彼に魔道界の主、サタンはずけずけと文句を言った。神相当の位についていても神ではないサタンが。
神にとって、それは新鮮であった。何処に居てもお客様扱いを受けて何千年と言う時を過ごしてきたからこそ余計に。
神は、己のしてきたことを見なおす機会に巡り合った。記憶に残る限り全ての行いを。赴任した世界をひとつずつ巡り、記録を読み返し、自分の行いの一つ一つに目を向けた。怠惰な時間を過ごしていることも、中途半端なことをしていることもようやく認識する機会を得た。彼は、それぞれの世界の新しい管理者達に頭を下げ、それぞれの主と話をし、自分の行ってきたことで、いまだに収拾のつかないものの解決に奔走した。それは、魔道界の赴任期間の大半を使うことになったが、久しぶりに満足の行く事が出来たと実感したものだった。が、魔道界に対しては、詫びる事も歪めた物を正すことも行っていない。完全に忘れきっているのである。
神は、天想界に赴任した。天想界の管理神として。彼は、一つの事を決めて赴任した。それは極当たり前でありながら、他の全ての管理神が無意識のままに行っていることなのかもしれなかった。が、彼は、あえてその事を意識して赴任する事を魔道界の主であるサタンに約束したのであった。
しかし、それは神とって退屈な日々の始まりだったのかも知れない。彼は、赴任してまず最初に天想界の歴史を紐解いた。世界の創造からの歴史が克明に記載されている資料を読み、相談役として存在している長老達の話に耳を傾けて。自分なりに満足のいく状態になるまで約一年程度の時間を要したが、それはそれで満足していた。が、満足すると同時に暇になってしまった。特別なことをはじめるわけにもいかない。天想界の事は天想界の者が決め、行うべきことである。聞かれれば持っている知識で話もしよう。頼ってもらえばトイレ掃除くらいはしてもいいかもしれない。が、誰が頼むのだ?、そんな事を。大天使長ですら、そんな事を言わないだろう。仮に言いたくなれば、自分でするかもしれない。役に上下がでれば、それが当たり前のことかもしれない。
神が赴任して一年が過ぎ、彼は、他の世界の管理者と同じように暇な神物になった。が、それを善しと思えないところに彼の問題が存在していた。この神、結構わがままである。一言で性格を片付けるのもなんだけど、『我侭』の一言で尽きてしまう。
天想界に来て、神が感じたことは重苦しさであった。別に管理役という役どころに大きな違いがあるわけではない。統制するわけでもなく、ただ任期の期間中、天想界と天界との折衝を行うだけである。この事は、魔道界にいても変わらない。むろん折衝する内容は、全然違うが。為すべき役割は一緒である。
赴任した当初は、慣れていないための気疲れかとも思ったが、一向に重苦しさはとけなかった。その理由は、以外に簡単なところから見付かった。気を許さない者に誰が気を許す者か、ということである。
思い返せば、魔道界では、好きなことをしていた。他の世界でもだが、魔道界ほど気軽に自分勝手に過ごせる世界もないとさえ思っていた。それは、サタンが忌憚の無い意見を言ってくれるおかげであった。逆に魔道界が他の世界と違い、管理神たちがすぐに配置転換を希望する理由もわかったが……。
魔道界での管理、それは面白くも無い仕事なのだろう。位下位の者に意見をされるのだから。上下と言う先入観を取り払え無い者ほど居心地の悪い世界だろう。とはいえ、仕事を辞められるというわけでもない。会社勤めではないのだから。なにかしら役目を持ち世に絡まなければならないのだから。と、言い聞かせたところで愉しくなるわけではない。
神は暇だった。天想界の主ミカエルもサタンと同じように意見は言ってくれるが、そのほとんどが聞いたことに対して返事として返ってくるモノだった。ミカエルのその対応の理由をほぼ解っているからこそ仕方が無いと思えるが、それでもつまらないことに変わりは無い。仕方がないので一応趣味も探してみたがしっくりくる物が見付からない。だからというわけではないが、とりあえず我侭に過ごしてみた。周りから見れば、しっかりと『傍若無人』であったが……。
これには、神なりの理由が有った。魔道界では、そうする事でサタンが次第に心を開いてくれたのである。大魔王が心を開くと悪魔たちも心を次第に開いていってくれるようになった。そして、悪魔達は、種族の違いを超え接してくれるようになったのである。
だが、天想界に赴任してからは、そんなわけにもいかなかった。悪魔と天使の持っている役どころに違いがあるせいかとも考えた。が、そんなことではない。もっと根本的なところに原因があった。それは、天想界における秩序の統率であった。決まり事にはめられた者たちは淡々と職務を果たしていくだけである。ひょっとしたら、誰も愉しみながら職務をしていないのかもしれない。と、まで考えた。それが、思い過ごしと気付くまでには、それほどの時間はかからなかった。
至極当たり前のことがあった。誰もが職務は持っている。誰もが自分の時間を持っている。神が見るのは職務の時間である。必然的にうえられた統率がここには存在していた。職務をスムーズに行うために。そして、それをうえていったのは前任者達であることを知るまでに、それほどの時間は必要ではなかった。
誰もが休息を取る。神だろうと、天使だろうと、悪魔だろうと。そんな当たり前の事を気付くまで半年近くつかってしまった。思い返せば無駄な時間が過ぎていた。任期は、あと五年。何故か、天想界にだけは赴任期間が存在している。何事も無ければ、次の地に赴任することになるだろう。それまでに天想界における上下の垣根を取り払いたい。職務上は、上下の流れは大事なことである。でも、自分の時間まで上下関係に縛られる必要はないのだから、と。でも、この神、一つ大事なことを忘れている。何故、前任者は上下関係を崩さなかったのか、という事を考えることを。後任者が、職務を果たしにくくなるということを全然考えていない。そして、ギャップの違いに戸惑う者が出てくることを全然考えていない。ちなみに気付いていないのではなく、考えないようにしているのである。
ミカエルは、ワインをグラスに注ぎ、黒一色の服装の男に渡した。
「どうも……」
サタンは、グラスを受け取るとドア横の壁にもたれかかった。落ちついた物腰で流れるような動きをするこの男こそ、魔道界の主である。その背にある五組の猛禽類の漆黒翼が、その昔、天使であった事を示している。彼は、ミカエルとは無二の親友である。今も昔も。
「ワシにもくれ……ミカエル……」
「いいですけど……酔って、天使に悪戯しないでくださいよ……」
「し、失礼だぞ……卑しくも天想界の管理官たるワシがそんな事をするわけが無いだろう……だいたい神さんだぞワシは……もう少し信じてくれても良いんじゃないかな…」
サタンが、苦笑しながら肩を震わせている。今にも声を出して笑いだしそうである。
「だいたい数少ない創造神が、一世界の管理官であること自体が異常な事だと私は思いますがね……」
ミカエルは、グラスに注いだワインを創造神ソウに渡した。彼が、天界より天想界の管理者として赴任している神である。天想界にくる前は、魔道界の管理をしていた。他にも数え切れないほどの世界の管理をしてきている。が、そんな昔の事は関係無いので忘れた事にしている。彼は、神としては、上位の神である。本来は、世界の管理をする身ではない。天帝と呼ばれる三千世界の主の元で働いているべき立場にあるはずなのだが。まぁ、誰にでも事情はあるという事である。
「サタン…声を出して笑っても良いぞ……」
「いえ、お気になさらないでください……ここは、ミカエルの管理すべき地……俺が心配する必要はありませんから……酔って魔道界にでも向かわない限りは…」
「……まるで、ワシが酔って悪魔に悪戯した事があるみたいではないか……」
「無かったみたいな言い方は止めませんか…?、また、赴任する事になりますよ…」
「痛いところをつくな……サタン……」
ソウは、苦笑交じりだが、愉しげに笑った。声高々と。
男は、一際大きな扉の前で脚を止めた。フーッ。と、溜息が漏れてしまう。扉の大きさのように気が重い。そんな感じが身体全体から滲み出している。
戸越に響く声にさらに気が重くなる。ここまでくると憂鬱の一言では片付けられないかも知れない。ついでに、見上げても端が見えない扉の大きさにウンザリとしたような表情で溜息を零した。
―なんかいやな予感が……な…
男は、ポリポリと頭をかきながら、扉に手をかけた。気の重さが扉の重さのように感じられる。ハァー。男は、再び溜息を漏らした。猛禽類を感じさせるその純白の翼も、心なしか元気がない。彼の名は、今はとりあえずいいだろう。
―行かないといけないんだろうな……
『そんなところに居ずに入ってこい…!』
ソウの声が響いた。
―これだから、嫌なんだよな……神って奴は……
「失礼します……」
男は、大きな扉にもたれかかるようにしてドアを押し開いた。
「そんなに重い扉か…?、小僧……」
落ち着き払った低い声が背後から男にかけられた。男は振り返ることができなかった。別に殺気を感じたわけではない。ただ、雰囲気に飲み込まれてしまう事を嫌っただけだ。
男は、後ろ手で扉を閉めてから、声の主を見た。
―げっ、大魔王……
「……汚い物を見るような表現はやめろ……さすがに傷付く…」
サタンは、そう言うと笑みを零し、男の横を通りミカエルの座っているテーブルの上に座りワインをボトルごと飲みはじめた。
―神相当……とんでもない能力だよな……はっきりと言って羨ましいけど…
「懲りない奴だな……思うだけで相手に伝わる便利な能力だ…諦めて、思ったことは口に出せ……リアクションに困るから……」
「あっ、すいません…、それで……何か…?」
「用事を頼まれてほしい……」
ミカエルが何事も無かったように静かな口調で言った。
「頼まれて、と言うことは……断れるんですかね…?」
「断れると思うか…?」
ミカエルは、笑みを零しながら言った。その笑みは何処までも優しさに満ちていた。その分、断らせないと言う雰囲気がただよてはいるが……。
「…ですよね、だと思いました……それで……」
「ン…?、なに、簡単なことだ……ノルンを連れてきてくれ…」
ソウが何気なく言う。
「ノルン……、えっと、私の記憶が確かであれば、北欧神界の時の女神、ですよね」
「そうそう…その時の女神だ…わかっているなら話は早い連れてきてくれ…」
「何の為に……?」
「男ばかりの酒盛りはむさくていかん……酌をしてもらいたくてな……」
「………」
「ミカエルは、天使を駄目だと言うし、サタンも……悪魔は、駄目だと言う……仕方が無いから、ここは、女神に酌をしてもらうしかない、と……で、どうせなら絶世の美女がいいかな、というわけだ…」
「はは……冗談でしょ……」
男は、ミカエルの方を見た。
「本当だ……早速で悪いが……いってくれ…」
ミカエルは、そう言うと立ちあがり男の肩をポンと叩いた。実にあっさりと、軽々しく。
「俺にだって仕事が…」
「はは……まぁ、気にするな……天と地の精霊達よ、古の理において命ずる」
「だ、大天使長!、大天使長てば……ねぇ、聞いてます…?」
「地の門を開き彼の者を人界へと導け」
ミカエルの詠唱によって、男は光に包まれた。逃げたくても結界に閉じこまれたかのようにその場所から移動することができない。
「ったく……きいていないんだから……」
「おい、小僧!」
サタンは、精霊達の力によってその身を光の中に溶け込ませていく男に声をかけた。
「え?」
「人間界は、物騒らしい…持っていけ」
サタンは、手元にあった鎌らしき物を男に投げた。結界らしきモノに阻まれている空間に何故かその鎌は飛びこんできた。
「早く戻ってこいよ…」
神が無責任に言い放った。
「気をつけてな…」
「ちょ、ちょっと、大天使長!……俺の都合は……?、そ、それに…に、人間界って…?」
男の身体は、光となりその場から消えた。
「相変わらず……見事だな……ミカエルよ…」
「一応……最上級の天使だからな、これくらいは……せめて、な」
ミカエルは、床に置いておいたグラスを手に取り飲みかけていたコーヒーを再び口に運んだ。まるで、何事も無かったように。
「でも、よろしかったのですか…?」
「何がだ…?」
「本当の事を話さなくても……」
「なぁ、ミカエルよ……道というのは本当に用意されていると思うか……?」
「運命というヤツですか……?」
「ああ……」
「さぁ…?、どうでしょうね……神々の中には、運命を決めて人間界に転生する者もいますけどね……本当のところは……」
「サタン……お前はどう思う…?」
「有るとするのならば……、それは、第三者からの誘導だと思いますが……、時には神よる啓示、とか…」
「誘導か……そうだな……実際のところはどうなのだろうな…」
ソウは、ボトルを二本取るとミカエルの部屋を後にした。何処と無く寂しげな背を見せながら。行き先も告げずに、歩いて行った。
「さすがにいらついているな……」
「まぁ、唐突な天からの指令だからな……」
「気に入らないと言うわけか……相変わらずか……あの神は…」
サタンは、手に持っていたボトルを口に運んだ。ゴボゴボと音を立てて一気に残りのワインを飲み干した。
「あ、お代わりは無いぞ……」
「え…?、そうなのか……」